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大阪大学 研究Discovery Saga
2026年9月8日

テラヘルツ光がガラスを通りにくくなる現象を説明するモデルを構築

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
テラヘルツ光の吸収とガラス内部の電荷のゆらぎを、物質固有の力学情報に基づいて定量的に結びつける枠組みであり、低誘電率・低誘電損失ガラスの評価と設計への展開が期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学環境学数物系科学化学工学医歯薬学
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
無線通信/学際研究/クロスオーバー/テラヘルツ光/集団運動/高周波/テラヘルツ/弾性率/分子運動/高分子/光吸収/状態密度/赤外光/誘電率/持続可能/せん断/持続可能な開発/材料設計/シミュレーション/シリカ/センシング/ダイナミクス/携帯電話/光学測定/酸化物/周波数/振動モード/大規模シミュレーション/電磁波/動力学/分子シミュレーション/分子動力学/NGF/ゆらぎ/不均一性/分子動力学計算
2026-9-4●自然科学系先導的学際研究機構特任准教授(常勤)藤井 康裕

発表のポイント

携帯電話などに使われるギガヘルツ帯の電磁波はガラスを透過しますが、テラヘルツ帯では、ある周波数を超えると透過しにくくなります。本研究では、この現象を説明するための、ガラス内部の弾性と原子・分子スケールで生じる電荷のゆらぎを考慮した新しいモデルを構築しました。

発表概要

携帯電話などに使われるギガヘルツ(GHz)帯の電磁波はガラスを透過しますが、テラヘルツ(THz)帯では、ある特定の周波数域を超えると透過しにくくなります。しかし、このような透過率低下を、ガラス内部の不規則な原子・分子運動と結びつけて説明するモデルは、これまでありませんでした。
本研究では、テラヘルツ帯の電磁波(テラヘルツ光)とガラス内部の振動がどのように結びつくかを説明するための、ガラス内部における弾性と原子・分子スケールで生じる電荷のゆらぎを取り入れた新しい連続体モデルを構築しました。
このモデルをグリセロールガラスに適用したところ、テラヘルツ帯の誘電率と誘電損失を同時に再現することに成功しました。また、その誘電応答を主に担うのが、ガラス内部の横波的なせん断ダイナミクス(構造の変化や動き)であることを示しました。
本成果は、テラヘルツ光の吸収とガラス内部の電荷のゆらぎを、物質固有の力学情報に基づいて定量的に結びつける枠組みであり、低誘電率・低誘電損失ガラスの評価と設計への展開が期待されます。

研究の背景

携帯電話などに使われるギガヘルツ(GHz)帯の電磁波は、一般的な窓ガラスを比較的よく通ります。ところが、より周波数の高いテラヘルツ(THz)帯(電波と赤外光の間に位置する領域)の電磁波(テラヘルツ光)は、ガラスを通りにくくなります。つまり、GHz帯の電波を通す窓ガラスが、テラヘルツ光には不透明になるのです。
多くのガラスでは、このような電磁波の透過率減少が、「ボゾンピーク」と呼ばれる特定の周波数域から顕著になります。ボゾンピークは、ガラスに普遍的に現れる過剰な低周波振動で、シリカガラスでは、約1 THzのボゾンピーク周波数域から透過率が大きく低下します(図1)。テラヘルツ光は次世代の超高速無線通信やセンシングへの利用が期待されており、この透過率低下の仕組みを理解することは、低誘電率・低誘電損失の窓材や基板材料の開発に重要です。
物質の誘電応答は、複素誘電関数で表されます。その実部は電場に対する分極の応答を、虚部は光の吸収に対応するエネルギー損失を表します。ところが、ガラスのテラヘルツ誘電応答は、ボゾンピークより低周波側では共鳴振動に近い振る舞いを示す一方、高周波側では幅広い緩和応答に近づきます。従来のモデルはこれらのいずれかの挙動のみを扱っており、周波数帯の変化に伴う「共鳴型から緩和型へのクロスオーバー」を表すことはできませんでした。
このクロスオーバーを理解するには、ガラスがどのように振動するかという力学情報と、テラヘルツ光がその振動とどのように結びつくかを一つの枠組みで扱い、誘電率と誘電損失を同時に説明するモデルを確立する必要があります。

研究の内容

本研究では、ガラスを巨視的には連続体として扱いながら、内部に存在する弾性の不均一性と原子・分子スケールで生じる電荷のゆらぎを考慮したモデルを構築しました。外部からテラヘルツ電場を加えると、場所ごとに異なる電荷のゆらぎを介してガラスに力が加わります。一方、振動の伝わり方と減衰は、周波数依存の複素せん断弾性率によって表しました。これにより、テラヘルツ光、電荷のゆらぎ、ガラス内部のせん断ダイナミクス(構造の変化や動き)を一つの運動方程式と誘電応答の式で結んだモデルを構築しました。
次に、構築したモデルを、ガラス研究分野で代表的なガラスの一つであるグリセロールガラスに対して適用しました。その結果、0.3~2.5 THzの範囲で、テラヘルツ時間領域分光で得られた複素誘電関数の実部 ε′(ν) と虚部 ε″(ν) を同時に良く再現しました(図2)。特に、ボゾンピーク周波数の前後で、低周波側の共鳴型応答から高周波側の幅広い緩和型応答へ移る特徴を、一つのモデルで表すことができました。
モデルの誘電応答を縦波成分と横波成分に分解したところ、ボゾンピーク近傍では、実部・虚部ともに横波成分がほぼ全体を支配し、縦波成分は比較的小さいことが分かりました。これは、ガラスのテラヘルツ誘電応答において、せん断に関係する横波的な集団運動が中心的な役割を担うことを示しています。
さらに、同じ複素せん断弾性率から振動状態密度を計算し、モデルの誘電損失から光吸収を求めることで、赤外光が各振動とどの程度強く結びつくかを表す「赤外光振動結合係数」を評価したところ、グリセロールのボゾンピーク近傍で実験的に観測される、ほぼ直線的な周波数依存性を再現しました。これは、従来広く用いられてきた定数項と周波数の二乗項からなるモデルでは捉えにくかった特徴です。
また、分子動力学計算で得た電荷相関を調べたところ、信頼できる長波長側の範囲で、モデルが仮定する電荷ゆらぎの波数依存性と整合する振る舞いが確認されました。これらの結果から、本モデルは、光学測定、振動状態密度、分子シミュレーションから得られる情報を、同一の連続体モデルの中で結びつけることに成功しました。



図1. シリカガラス(SiO₂、厚さ5 mm)のテラヘルツ帯透過率(上)と、振動状態密度 g(ν)/ν² で表したボゾンピーク(下)。緑色の破線は、約1 THzのボゾンピーク周波数を示す。シリカガラスでは、ボゾンピークが現れる周波数域で透過率が大きく低下する。なお、透過率の絶対値と低下の程度は、ガラスの種類や厚さによって異なる。振動状態密度データ(下)は、A. Wischnewski et al., Phys. Rev. B 57, 2663–2666 (1998) より引用。



図2. 80 Kのグリセロールガラスの複素誘電関数。水色の点はテラヘルツ時間領域分光による測定値、赤線は本研究で提案したモデルによる値。左軸は誘電関数の実部 ε′(ν)、右軸はエネルギー損失を表す虚部 ε″(ν) を示し、一つのモデルで両者を同時に再現している。

今後の展開

本モデルは、密度、弾性率、振動状態密度、電荷ゆらぎなど、対象物質に固有の情報を入力することで、他のガラスにも展開できます。今後、シリカガラス、酸化物ガラス、分子性ガラス、高分子ガラスなどに適用し、どのような弾性不均一性と電荷ゆらぎがテラヘルツ帯の誘電率と誘電損失を決めるのかを系統的に明らかにします。
特に、テラヘルツ通信で利用される窓材や基板材料では、電磁波をよく透過させるために、誘電率と誘電損失をともに低くする必要があります。本研究の枠組みを用いれば、組成や構造を変えたガラスについて、ボゾンピークの周波数や強度だけでなく、振動がテラヘルツ光と結びつく強さまで含めて評価できます。これにより、低誘電率・低誘電損失ガラスの材料設計指針へ発展することが期待されます。
一方、本モデルでは、電荷ゆらぎと力学的不均一性を有効量として扱っており、両者の微視的な相関を完全に導出したものではありません。そのため、原子振動モードごとの動的な電荷相関を大規模シミュレーションで解析し、連続体モデルと微視的な原子運動を接続することが必要です。

論文情報

【題 名】 Continuum model for the terahertz dielectric response of glasses
(ガラスのテラヘルツ誘電応答の連続体モデル)
【著者名】 Tatsuya Mori, Hideyuki Mizuno, Yuzuki Motokawa, Dan Kyotani, Soo Han Oh, Yasuhiro Fujii, Akitoshi Koreeda, Shinji Kohara, and Seiji Kojima
【掲載誌】Physical Review B
【掲載日】 2026年8月27日
【DOI】10.1103/sjkh-zd6t
本研究は、JSPS 科研費(JP23H01139、JP23K25836、JP25H01519、JP22K03543、JP24K08045)、公益財団法人旭硝子財団、およびガラス産業連合会(GIC)と一般社団法人ニューガラスフォーラム(NGF)が共催するガラス基礎研究振興プログラムの支援を受けて実施されました。

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