[Top page] [日刊 研究最前線 知尋] [Discovery Saga総合案内] [大学別アーカイブス] [Discovery Saga会員のご案内] [産学連携のご案内] [会社概要] [お問い合わせ]

大阪大学 研究Discovery Saga
2026年7月17日

細胞表層プロテオリシスが受容体機能を書き換える

EphA2切断片による肝細胞がん進展機構を解明

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
受容体断片を直接標的とする次世代創薬という新たな研究領域の創出にもつながることが期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
複合領域生物学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
がん研究/悪性化/リン酸/MT1-MMP/プロセシング/細胞膜/受容体型チロシンキナーゼ/EGFR/チロシンキナーゼ/橋渡し研究/細胞内シグナル/治療標的/浸潤/分子機構/がん化/AKT/がん細胞/がん治療/キナーゼ/シグナル分子/プロテアーゼ/リガンド/炎症性サイトカイン/肝細胞/肝細胞がん/抗腫瘍効果/抗体医薬/受容体/阻害剤/創薬/臨床試験/サイトカイン/抗体/臨床研究
2026-7-15●生命科学・医学系数理・データ科学教育研究センター特任教授(常勤)朝倉 暢彦

発表のポイント

細胞表層プロテアーゼMT1-MMPによる受容体EphA2の限定分解(プロセシング)が、肝細胞がんの悪性化を促進する分子機構を解明
切断で生じる二つのEphA2断片が腫瘍抑制シグナルを協調して阻害し、腫瘍促進シグナルへ転換することを発見
細胞表層プロテオリシスが細胞内シグナル伝達を再構築するという、がん悪性化の新たな概念を提示

発表概要

東京科学大学(Science Tokyo)生命理工学院 生命理工学系の越川直彦教授(兼 神奈川県立がんセンター臨床研究所 招聘研究員)は、大阪大学 数理・データ科学教育研究センターの朝倉暢彦特任教授(常勤)との共同研究により、細胞表層プロテアーゼMT1-MMPによる受容体型チロシンキナーゼEphA2の限定分解(プロセシング)が、肝細胞がんの進展を促進する分子機構を明らかにしました。
研究グループはこれまでに、MT1-MMPによってEphA2が細胞表層で切断され、がん悪性化を促進することを世界で初めて報告しました。しかし、なぜ受容体の切断ががん細胞の悪性化を引き起こすのか、その分子機構は長らく不明でした。
今回の研究では、EphA2切断によって生じる二つの断片が、それぞれ異なる仕組みで協調的に腫瘍促進作用を発揮することを明らかにしました。二つの断片のうち、細胞膜上に残るEphA2-CFは、がん抑制因子GSK3βの機能を低下させ、がん細胞の増殖と生存を促進しました。一方、細胞外へ放出されるEphA2-NFは、本来EphA2を介した腫瘍抑制シグナルに必要なリガンドEphrin-A1を捕捉し、腫瘍抑制機構を妨げることが分かりました。
さらに、炎症性サイトカインによってEphA2とMT1-MMPの発現が増加し、このプロセシング反応が促進されることも明らかとなりました。これらの結果は、EphA2ががん治療標的として有望視されながら、臨床開発で十分な成果が得られていない原因が、細胞表層プロテオリシスで生じるEphA2-CFの強力な腫瘍促進活性にある可能性を示しています。
本成果は、細胞表層プロテオリシスが受容体機能を書き換え、細胞内シグナルを再構築する新たな生命現象であることを示すとともに、病的プロセシングによって生じる断片を標的とする次世代創薬の可能性を開く成果です。
本成果は、2026年6月29日(現地時間)付の「Cell Death & Disease」誌に掲載されました。

研究の背景

受容体型チロシンキナーゼEphA2は、多くの固形がんで高発現することが知られているシグナル分子です。EphA2は、リガンドEphrin-A1と結合すると腫瘍抑制作用を発揮しますが、リガンドと結合していない状態では腫瘍促進作用を持つことが知られており、その機能転換機構を理解することが長年の課題でした。
研究チームは先行研究において、細胞表層プロテアーゼMT1-MMPによるEphA2の限定分解(プロセシング)が、がん細胞の浸潤・悪性化を促進することを世界で初めて報告しました[参考文献1、2]。しかし、なぜ受容体の切断が悪性化を引き起こすのか、その分子機構は未解明でした。

研究の内容

本研究では、MT1-MMPによるEphA2プロセシングで生じる二つの断片(EphA2-NFとEphA2-CF)の機能を解析しました。その結果、細胞膜上に残るC末端断片(EphA2-CF)はリガンドによる制御を受けない状態となり、EGFR/AKTシグナルを持続的に活性化することが分かりました。さらに、その下流でがん抑制因子GSK3βがリン酸化によって不活化されることで、がん細胞の増殖と生存が促進されることを明らかにしました。一方、N末端断片(EphA2-NF)は細胞外でEphrin-A1を捕捉するデコイ受容体として働き、本来のEphA2による腫瘍抑制シグナルを阻害していました(図1)。
さらに炎症性サイトカインIL-1βによってMT1-MMPおよびEphA2発現が増加し、プロセシングが促進されることも確認しました。これらの結果は、炎症環境下において細胞表層プロテオリシスが活性化し、腫瘍抑制シグナルを腫瘍促進シグナルへと変換することを示しています。



図1. 新たに発見された、EphA2プロセシング断片によるがん化促進作用

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

EphA2は多くのがんで高発現することから、これまで世界中で抗体医薬や低分子阻害剤などの創薬開発が進められてきました。しかし、臨床試験において十分な治療効果を示すことができず、創薬標的としての有効性には課題が残されていました。
本研究は、その原因の一端を説明できる可能性があります。本来のEphA2がリガンド結合による腫瘍抑制機能を有する一方で、MT1-MMPによる細胞表層プロテオリシスによって生じるEphA2-CFは強い腫瘍促進活性を示します。すなわち、従来のEphA2標的治療は、腫瘍抑制性のEphA2と腫瘍促進性のEphA2-CFを区別せずに標的化していた可能性があります。
本成果は、細胞表層プロテオリシスによって生じる受容体断片が病態の本体となることを示したものであり、がん研究における標的分子の捉え方そのものの再考につながる重要な知見です。また、受容体断片を直接標的とする次世代創薬という新たな研究領域の創出にもつながることが期待されます。

今後の展開

本研究により、EphA2プロセシングによって生じるEphA2-CFが、肝細胞がんにおける主要な腫瘍促進因子として機能することが明らかとなりました。今後は、EphA2-CFを特異的に認識する抗体を用いて、その機能阻害や選択的除去による抗腫瘍効果を検証するとともに、従来のEphA2標的治療との違いを明らかにすることが重要な課題となります。
さらに、本研究で提唱された「細胞表層プロテオリシスによって生じる断片こそが真の病態分子である」という概念が、他の受容体型チロシンキナーゼや細胞表面分子にも共通するか検証することで、新たながん治療標的の発見につながることが期待されます。
こうしたことから本成果は、受容体そのものではなく、病的プロセシングによって生じた断片を標的とする新しい創薬戦略の基盤となる可能性があります。

論文情報

掲載誌:Cell Death & Disease
論文タイトル:Proteolytic EphA2 fragments cooperatively promote hepatocellular carcinoma progression
著者:Kazuki Ikeda, Nobuhiko Asakura, Soyogi Sengoku, Eiki Tsukamoto, Nobuaki Funahashi, and Naohiko Koshikawa
DOI:10.1038/s41419-026-09024-1
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(17H06329、17K09027、25K02482)、日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業、橋渡し研究支援プログラム 東京大学拠点シーズA(21cm0106476、24ym0126805)の支援を受けて実施されました。

参考文献

[1] Koshikawa N. et al. MT1-MMP-mediated EphA2 cleavage promotes cancer cell invasion and malignant progression. Cancer Research. 2015.
[2] Sato T. et al. EphA2 Proteolytic Fragment as a Sensitive Biomarker for Early Pancreatic Ductal Adenocarcinoma. Cancer Research Communications. 2023.